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Nonsense Story

Nonsense Story




 買うものがあるという赤松に付き合い、マクドナルドを出て、向かいにあるディスカウントストアへ立ち寄ることになった。まだ休憩が終わるまで時間があるという片岡もついでだから夜食代わりのつまみを買うという。冷房から冷房へ。間に数メートルのインターバルを置いて、ぼく達はまた肌寒いほどの空間へと足を踏み入れた。
 三人で食料品売り場へ向かうと、片岡はサンドイッチを手にしてさっさとレジの方へ行ってしまった。ぼくはペットボトルのジュースを片手に赤松に付き合った。彼女は頼まれたらしいパンや牛乳、卵やレタスなどを次々に篭に入れると、お菓子売り場で立ち止まった。
「今晩も飲む気か?」
 赤松が手にするお菓子は、イカ焼きやさやえんどう、一口サラミなど、酒のつまみになりそうなものばかりだ。
「も、じゃないよ。久しぶりだよ。おじいちゃんが今日、旅行から帰ってくるんだけど、お土産に地酒買ってきてくれるって言ってたから」
 あの件も一応解決したってことで、と赤松はごまかすように笑った。
「やっぱり飲むんじゃないか」
 赤松は見かけによらず酒豪だ。物心ついた時には日本酒を舐めていたというのだからかなわない。こいつなら二日間飲み続けても、ぼくのようにはならないだろう。
「それより片岡君は?」
「あれ? さっき金払ってくるって言ってたけど・・・・・・」
 ぼくはレジの方へ頭をめぐらせたが、既に片岡の姿はなかった。
「あ、いた」
 赤松が、エスカレーター脇の篭が置いてある場所に立つ片岡を見付けて手を振った。しかし、片岡は少し苦い表情を返してきただけだ。
 ぼくは不審に思ってそこへ近寄っていった。片岡は来るなというように、しっしと手を振る。かまわず進むと、片岡の影に隠れて女の子が立っているのが見えた。ホルダーネックのキャミソールにミニスカートという出で立ちで、長い髪を二つに結い分けている。
「お友達?」
 興味津々といった様子で、片岡の細い目とは対照的な大きな目を更に大きくして、女の子がぼくを見る。片岡は渋々をいった感じで頷いた。
「まぁな」
「へぇー、あたし、妹の明代です。よろしくぅ」
 いつも野暮ったい格好をしている片岡と血の繋がりがあるとはとても思えないが、たしかに彼の妹だと名乗る少女は、ぴょこんと頭を下げた。結い分けられた髪の束が宙を切る。
 兄が同年代の人間と歩いているところなど、滅多にお目にかかれないからだろう。明代ちゃんは文字通り、ぼくの頭のてっぺんから足の爪先までじろじろ見ている。更には背後まで調べ上げられてしまった。
「お前はよろしくしなくていい」
 片岡が口を挟む。明代ちゃんはむくれた。
「そんなこと言うんだったら、塾さぼってどっか行ってたことおばあちゃんに言っちゃうから。さっき電車から下りてくるところ見えたんだからね」
 この町の駅は二階部分にホームがあり、そこは外界を遮断するような壁のない吹き曝しである。その為、駅の向かいにあるこのディスカウントストアの入り口からは、位置によってホームに立つ人間が見えるのだ。
 明代ちゃんはおばあさんと買い物に来ているということを、顔をしかめながら教えてくれた。どうやら冷戦は続いているらしい。
「いい加減仲直りしろよ。またばあさんを挑発するような格好して」
 うんざりする片岡に、明代ちゃんは口を尖らせた。
「女の子が背中出してみっともないっていうんでしょ。古いんだよ、おばあちゃんは。そんなことよりお兄ちゃん、さぼってたこと言われたくなかったら・・・・・・」
「もう聞こえましたよ」
「え?」
 明代ちゃんの言葉を遮るように、年配女性の声がした。片岡兄妹が同時に振り向く。声の主は、夏らしいモスグリーンの薄手の着物に茶を基調とした帯を締め、両手に買い物袋を提げてこちらに歩いてきた。片岡のおばあさんらしい。
「篤史、塾に行ってなかったってどういうこと?」
「誤解です。今は休憩時間で出てきているだけで、電車になんて乗っていません」
 片岡は冷静に否定した。
「そう。ならいいのだけど。そちらは?」
 おばあさんはホッと息を吐くと、今度はぼくに目を向けた。
 ぼくは簡単に自己紹介をした。
 おばあさんは近くで見ると、片岡が敬語になるのも頷けるほど厳格な顔をしており、ぼくは『極妻』という言葉をごくりと飲み込んだ。
 控えめではあるが、このおばあさんもぼくの頭のてっぺんから足の爪先まで視線を這わせている。孫がどんな友人と付き合っているのかチェックしているのだろう。ぼくは夏休みに髪の毛を染めようと思っていたが、明後日の登校日まではと思い、まだ染めていなかった。黒い頭のままで良かったと、内心で胸を撫で下ろす。
「片岡君にはいつもお世話になってます。ぼくは去年、片岡君と同じクラスで、よく勉強を教えてもらってたんです。今日はそこで偶然会って」
 苦い表情の片岡に代わってぼくが適当に説明をすると、おばあさんは厳しい顔を緩めた。
「まぁ、そうだったの。それで、篤史の教え方はどうだった?」
「出来の悪いぼくにもとても分かりやすく教えてくれました」
 孫が頼りにされることが嬉しいのだろう。おばあさんは目尻の皴を深めて微笑んだ。

「おい、『ぼく』ってなんだ。気持ち悪いな」
 着物とキャミソールの後ろ姿が見えなくなると、片岡がぼくを横目で見た。
「気持ち悪いとは失礼な。TPOに合わせてるだけじゃん。うちも躾は厳しいんだ。おかげで極妻のチェックにも通ったみたいだし、感謝しろよ」
「極妻ってばあさんのことか。明代と同じようなこと言うなあ。それにしても、厳しく躾られた奴が宿題の丸写しするとはね」
 片岡が呆れ、ぼくがむくれていると、赤松が会計を済ませてやってきた。頼まれ物はわずかだったはずだが、両手に買い物袋を提げている。ほとんど酒の肴だろう。
 別れ際、片岡が赤松に言った。
「話しは元に戻るけど、これで赤松さんも少しは安心できた?」
 彼女は小さく笑って頷いた。しかし、その頷きは片岡には信用できる仕草ではなかったらしい。彼は少し心配そうに、更に問いかける。
「まだ不安?」
「ううん。もう大丈夫」
「こいつ、すぐ悪い方へ考えちゃうからな。もうちょっと気楽に考えればいいのに」
 ぼくが片岡の買ったポッキーを横取りしながら言うと、片岡はぼくの手をはたきながら同意した。
「そうそう、たまにはこいつみたいに馬鹿になってみれば気持ちも楽になるよ」
「そうそう。たまには俺みたいに何も考えずに・・・・・・って、おい、片岡。今、聞き捨てならないことをサラッと含ませなかったか?」
「本当のことしか言ってない」
 まだ明るい空には、白い月が半分だけ浮いている。片岡はこの後も勉強に勤しむのだ。
「これをやるから、素直に俺の言うとおりにしとけ、赤松」
 ぼくは片岡から失敬したポッキーを、恭しく赤松に差し出した。こいつが「うん」と言わない限り、片岡が安心して塾へ戻れないような気がする。
「そうだね。今回の件は全部きみの意見に従わせてもらうことにする」
 赤松は何か重いものを下ろすように、ため息のような笑顔を浮かべてポッキーを受け取った。
 淡い水色の空に浮かぶ氷のような白い月の下、ぼく達は流れる汗を拭いながら、明後日の登校日に会おうと言って解散した。


つづく



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